この連載では毎月、歯科医師が歯の健康について分かりやすくお届けします。
毎日の子育てや妊娠生活の中で「知っておくと安心できること」「今だからこそ大切にしてほしいこと」などを学べる記事になっています。
生まれてくる赤ちゃんのため、そしてママ自身の健康のために、今回は「妊婦歯科健診」の大切さと、妊娠中の口のケアについてです。
妊娠中は赤ちゃんのことで精一杯になり、自分のことは後回しになりがちですが、実はママの口の健康は、赤ちゃんの健やかな成長とも深く関わっています。

監修:歯科ミントクリニック
院長 竹島 健太郎
2002年 鶴見大学歯学部卒業。2004年 横浜総合病院に非常勤歯科医師として勤務。
2007年 歯科アールクリニック勤務を経て、2010年に歯科ミントクリニックを開院。
インディアナ大学客員研究員。日本補綴歯科学会会員、日本臨床歯科学会会員(SJCD)、日本顕微鏡歯科学会会員。Er:YAGレーザー臨床研究会所属。
インビザラインライセンスドクター。臨床歯科麻酔管理指導医。そのほか、各種学会・研究会に所属。
ママと赤ちゃんを守る「妊婦歯科健診」~なぜ、妊娠中に歯医者さんへ行くの?~

「妊娠中はお腹の赤ちゃんのことで頭がいっぱいで、自分の歯のことなんて後回し……」。そう思うのは当然のことです。しかし、私たち歯科医が「妊娠中こそ健診に来て!」と強く願うのには、医学的にとても大きな2つの理由があります。
1. 妊娠中は「お口のトラブル」が起きやすいため
妊娠すると、女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)の分泌が急激に増えます。実は、歯周病菌の一部は、この女性ホルモンを栄養源として繁殖する性質を持っています。
そのため、今までと同じように歯磨きをしていても、歯ぐきが腫れたり出血したりする「妊娠性歯肉炎」になりやすくなるのです。また、唾液の性質が酸性に傾き粘り気が出るため、口の中の自浄作用(汚れを洗い流す力)が低下し、虫歯のリスクも高まります。
2. 早産・低体重児出産のリスクを減らすため
これが一番お伝えしたいことです。重度の歯周病にかかっている妊婦さんは、そうでない方に比べて「早産」や「低体重児出産」のリスクが高まることが、近年の研究で明らかになっています。
歯周病による炎症性物質(サイトカイン)が血流に乗って子宮に達すると、子宮の収縮を促す物質が作られ、出産時期ではないのに陣痛のような収縮を引き起こしてしまうことがあるのです。
そのリスクは、なんと喫煙やアルコール摂取よりも高いというデータ(※1)もあります。
「歯医者さんに行くこと」は、実は「赤ちゃんを無事に産むための安産祈願」のような、とても大切な準備の一つなのです。
つわりで歯磨きが辛いときのアドバイス

妊娠初期、多くのママを悩ませる「つわり」。「歯ブラシを口に入れるだけで気持ち悪い」「歯磨き粉の匂いがダメ」という方も多いでしょう。歯科医師として、これだけはお伝えしたいです。
「つわりの時期は、完璧を目指さなくて大丈夫です」。
磨けないことに罪悪感を持つ必要はありません。少しでも楽にケアできる方法をいくつかご紹介します。
・体調の良い時間帯に磨く
お風呂に入っている時など、比較的リラックスしている時にササッと磨くだけでもOKです。
・ヘッドの小さな歯ブラシを使う
奥歯に触れると嘔吐反射が出やすいので、子ども用やワンタフトブラシ(筆のような小さなブラシ)を使うと楽になることがあります。
・顔を下に向けて磨く
喉の方に唾液や泡が流れると気持ち悪くなりやすいので、下を向いてかき出すように磨きましょう。
・うがいだけでも効果あり
どうしても歯磨きが無理な時は、水や洗口液で強めにブクブクうがいをするだけでも、食べカスを洗い流し、口の中を酸性から中性に戻す助けになります。
嘔吐してしまった直後についてつわりで戻してしまった直後は、胃酸で口の中が強い酸性になっています。すぐに歯ブラシでゴシゴシ磨くと、酸で柔らかくなった歯の表面(エナメル質)を削ってしまう恐れがあります。まずは水でしっかりうがいをして、30分ほど時間を置いてから磨くことをお勧めします。
「妊婦歯科健診」を活用しましょう
「歯医者に行きたいけど、治療費がかかるし……」と心配される方もいらっしゃると思います。そこで確認していただきたいのが、母子健康手帳を受け取った際に一緒に渡される「別冊」や封筒の中身です。多くの自治体では、「妊婦歯科健康検査受診票(補助券)」を配布しています。
これは、妊娠期間中に1回(自治体によっては複数回)、指定の歯科医院で無料、もしくは数百円程度の自己負担で健診を受けられる制度です。
健診の内容は基本的には、以下のようなチェックが行われます。
・虫歯の有無
・歯ぐきの状態(歯周ポケットの検査など)
・歯石の付着状況
・ブラッシング指導
など
レントゲン撮影は必要不可欠な場合を除き、基本的には行わないか、防護エプロンを使用して赤ちゃんに影響がないように慎重に行われますので安心してください。
受診のベストタイミングはつわりが落ち着き、体調が安定してくる妊娠中期(16週~27週頃)がおすすめです。
もちろん、歯が痛いなどの症状がある場合は、週数に関わらず早めに受診してください。その際は必ず「妊娠しています」と伝えてください。
赤ちゃんの歯は、ママお腹の中にいる時から作られています

実は、赤ちゃんの歯の芽(歯胚)は、妊娠7週目という早い時期から作られ始めます。
そして妊娠4ヵ月頃からは、その芽が硬くなり始めます(石灰化)。つまり、赤ちゃんが生まれてくる時には、すでに歯茎の下で乳歯の準備はできているのです。そのため、ママがバランスの良い食事をとることは、赤ちゃんの丈夫な歯を作るためにも大切です。
歯の形成にはカルシウムだけでなく、鉄、亜鉛、タンパク質、リン、ビタミンA・C・Dなど、いろいろな栄養素が関わっています。「赤ちゃんの歯のために」と思うと、少し食事への意識も変わるかもしれませんね。
現代では、生まれつき永久歯の数が少ない子、歯の表面のエナメル質が弱くなってしまっている子も、多くみられます。妊娠中(実は、妊娠前から)のママの摂取する栄養の状態は子どもの将来に大きな影響を与えることが、科学的に証明(※2)されています。
ママとパパの口腔内が綺麗な状態であると、子どもは将来的に虫歯になりにくくなります

無事に出産を終えた後、待っているのは怒涛の育児ライフです。
産後は、授乳や夜泣きへの対応でママの睡眠時間は削られ、自分の歯磨きどころではなくなることも起こり得ます。だからこそ、妊娠中に虫歯や歯周病にならないように対策をしておくこと、治療が必要であれば治療しておくことが、産後のママを救うことになります。
そしてもう一つ、知っておいていただきたいのが、ママとパパの口腔内がよく清掃されて綺麗な状況であると、子どもは将来的に虫歯や歯周病になりにくくなるということです。以前は「虫歯菌は感染する」と考えられていた時代もありますが、現在はWHO(世界保健機関)でも虫歯は「非感染性疾患 (NCD)=感染することで起こる病気ではない」と定義しています。
説明が難しくなりますので今回は端的に結論だけ記載しますと、スプーンの共有やキスを過剰に怖がる必要はありません。スキンシップをぜひ楽しんでください。ただ、親の口腔内は清潔で綺麗に保つ方が間違いなく良いです。
地域の歯科医院は頑張るママの健康を支える存在です

妊娠中は、身体の変化や出産への不安で、心も身体もデリケートになる時期です。
そんな中、歯科医院に行くのが億劫に感じることもあると思います。でも、地域の歯科医院は、単に歯を治す場所ではなく、これから生まれてくる大切な子どもと、頑張るママの健康を支える存在です。
診療台を倒すのがつらければ、座ったままでの診察も可能です。
トイレが近い場合は、いつでも中断できます。遠慮せず歯科医に不安や希望を伝えてください。
元気な赤ちゃんの誕生と、ママの笑顔を守るために、体調の良い日に、妊婦歯科健康診査の補助券を利用して、お近くの歯科医院に相談してみてください。
小さな一歩が、大きな安心につながります。
次の一歩:お手元の「母子健康手帳」の入ったバッグを確認して、自治体の「妊婦歯科健康検査受診票」が入っているか探してみませんか? もし見当たらない場合は、お住まいの市役所や保健センターに問い合わせてみましょう。
※1…歯周病のある妊婦は、健康な歯ぐきの妊婦と比べて早産・低体重児出産のリスクが約7.5倍高いと報告されています。これは高齢出産や喫煙、アルコール摂取によるリスクを上回る数値です。
※2…DOHaD(Developmental Origins of Health and Disease)とは、胎児期や乳幼児期の環境や栄養状態が、成人後の健康や疾患リスクに影響するという概念。世界各国で研究が進められており、日本でも日本DOHaD学会が設立され、厚生労働省の「健やか親子21」などの施策にも反映されています。参照:日本DOHaD学会/厚生労働省「健やか親子21」

