この連載では毎月、富山で活躍中の「起業パパ」による、笑いあり、反省ありの育児奮闘記をお届けします。 仕事のスキルが1ミリも役に立たない育児のリアルと、そこから見えてきた大切な気づきを等身大に綴っていただきました。
第2回となる今回は、良かれと思って口にした「手伝うよ」という一言から始まった、夫婦の大きな転機についてのお話です。

シテン株式会社 代表取締役/一般社団法人とやまのめ 代表理事 中谷 幸葉(なかや こうよう)
1992年茨城県生まれ。
2019年に富山県へ移住。まちづくり会社「株式会社TOYAMATO」の立ち上げに参画し、取締役として地域活性化事業や飲食事業の企画・運営に従事。
古民家を引き継いだことをきっかけに、2023年には地域課題の解決と人材育成を目的とした「一般社団法人とやまのめ」を設立。地域内外の多様な人材を巻き込みながら、社会課題解決型のプロジェクトを推進している。
2024年には県内唯一のスプラウト農家を継承し、農業と地域づくりを掛け合わせた活動を展開している。
仕事中心の毎日と、つかめない育児のタイミング

前回、出産の日のことを書きました。出産当日、僕は本当に何もできませんでした。
よく映像で見るような、手を握って出産を迎えるあのシーン。あれは、少なくとも僕にとっては幻想でした。
自然分娩で、痛みと必死に闘う奥さんを前に、僕はただ、そばで見ていることしかできませんでした。こんなにも無力なのかと、これまでの人生で一番みじめな思いをしました。でも、本当の意味で自分の無力さを思い知ったのは、むしろその“後”だった気がしています。
子どもが生まれてからの生活は、想像していたよりもずっとバタバタでした。というより、正直に言うとほとんど余裕がありませんでした。これまで僕は、ずっと仕事中心の生活を送ってきました。子どもが生まれた後も相変わらず、目の前の仕事にのめり込む日々。
「仕事も家庭も、どちらも手を抜けない」。そう口では言いながらも、実態はどちらも中途半端になっている気がしていました。そもそも僕は、本当の意味で育児に対して向き合えていませんでした。
二人で一緒に住み始めてから、奥さんは一生懸命に子どもが生まれた後の生活をイメージして、僕に家事を教えようとしてくれていました。でも、僕はその働きかけに全く気づけていなかった。理解しようともしていなかった。二人の生活をすり合わせようと必死だった奥さんの姿が、当時の僕の目には映っていなかったのです。
本来なら、新しい家族を迎えるための準備期間は十分にあったはず。それなのに、自分が向き合うことをしないまま時間だけが過ぎ、気づけば子どもがいる生活が始まっていました。だから、ずっと思っていました。
「何かやらないといけない」。でも、家に帰ると、子どもはもう寝ている。朝は、自分が出勤する時間にはまだ寝ている。
気づけば、関わるタイミングすらつかめない日々でした。
良かれと思った「手伝うよ」に、頭が真っ白になった日

たまに頑張って早く帰れた日。「よし、今日は何かやろう」。
そう思っても、いざ家に帰ると何をすればいいのか分からない。何から手をつければいいのかも分からない。一方で、奥さんはずっと動き続けています。
その姿を見て、何かをしなければしなきゃと思い自分なりに考えて出たのが、父となり家庭を支えるとはどういうことかをまだ理解できていなかった当時の僕の「手伝うよ」という言葉でした。
「手伝うってなに?」。その問いに、正直、頭が真っ白になりました。悪気はない。力になりたいから言っただけ。
でもそのときは、少しイラっとしたのも正直な気持ちでした。
「何かしようとしてるのに、なんで?」と。でも、奥さんの言葉は続きました。
サポート側の無自覚と、仕事を盾にした逃避

「そもそも、二人でやることなんだから、手伝うって感覚自体がおかしくない?」
そのとき初めて、自分の中のズレに気づきました。無意識のうちに、育児も家のことも奥さんが主体で、自分はサポート側になっていました。
「自分は働いているから」「家族を養っているから」。
それが自分の役割だと、どこかで思っていました。実際、必死でした。
家族のために、頑張っていたつもりでした。
奥さんには、働かなくても暮らしていけるように。子どもには、やりたいことを全部叶えてあげられるように。家計を支えることで、どこかやっている気になっていたのかもしれません。
それが言葉に出てしまっていたのだと思います。そこからは、正直しんどかったです。何をやっても、どこかズレる。良かれと思って動いても、余計な仕事が増える。当たり前ですよね。奥さんが本当に求めていることに気づけていないのだから。
でも、そのときは「教えてもくれないのに」と思っていました。
「教えてほしい。覚えるから」「教えても覚えないからいい」。
そのやり取りが、どんどん距離を生んでいきました。気づけば、家に帰るのが少ししんどくなっていました。今思えば、逃げていました。仕事を盾に。
同じ立場に立つということ

ある日、このままじゃではダメだと思いきちんと話す時間をつくりました。腹を割って話すしかないな、と。お互いに思っていることを、全部出し切る時間です。
正直、きれいな話し合いではありませんでした。感情がぶつかったり、言い方も強くなったと思います。
でも、その中でようやく奥さんが何にしんどさを感じていたのか、少しずつ理解できてきました。やってほしいことがあるわけじゃない。
一緒に考えて、一緒に家のことをこなしてほしい。一緒に家にいてほしい、話をしてほしい。それだけだったのですよね。
あのときの話し合いがなかったら、たぶん今もずっとすれ違っていたと思います。
「家庭を支える」ということは、単にお金を稼いでくることでも、言われた作業をこなすことでもない。
“同じ立場に立つこと”なのだと学びました。
今では、少しずつですが家庭の役割も見えるようになり、それを果たすことで、家の中がスムーズに機能している感覚も出てきました。
まだまだ空回り中

もちろん、まだまだ空回り中ですが(笑)、以前よりも「家族と過ごしたい」と自然に思えるようになりました。
「今日は早く帰る!」とメッセージを送れるようにもなりました(「それって早くないじゃん」と突っ込まれながらですが……笑)。
パパ1年生。
今日もまだまだ勉強中ですが、あのときよりは少しだけ、“チーム”に近づけた気がしています。


